慶長9(1604)年、「鳥追い祭」は、田畑の作物を荒らす鳥や獣を追い払い、五穀(米・麦・あわ・きび・豆)やその他の作物の豊かな実り・町内厄除(やくよけ)・家内安全を願って始められたといわれています。
宝暦年間(1751~1763)になって、産業を興したり、福祉を行なったり、人口を増加させることなどに力が注がれました。その願いが叶えられるよう、大庄屋の町田重兵衛は町を上下二町に分け、競争で太鼓を作らせました。(現在残っている大小11個もの太鼓は、「県重要有形文化財」に指定されています)。
明治時代になって、商売をする家が多くなったため、商売繁盛の願いも加えて、正月の伝統行事として行なわれるようになりました。
こうして毎年1月14日には、伊勢宮での神事の後に町中をねり歩き、『鳥追いだ、鳥追いだ、唐土(とっと)の鳥を追いもうせ、セッセッセ、サーラバよって追いもうせ』の掛声とともに太鼓をたたきます。厄年の人や商店等からみかんなどが投げられ、厄落としや商売繁盛を祈って行なわれています。
参考サイトURL: 中之条町観光協会
(最終更新日: 2023年02月08日 14時00分 )